東京冷凍株式会社 会社案内
ご挨拶
東京冷凍の前身である東邦港運は、半世紀以上にわたって「港」と関わり、湾岸環境の変遷とともに歩んできました。昭和24年、創業者・石井茂が横浜港で独航船を基盤とした港湾運送業を手がけたことに始まります。その後、日本経済の発展とともに、はしけ運送業、沿岸荷役事業、陸運事業、通関業、倉庫業、冷凍倉庫業、不動産業とその業態を拡げ、東京湾岸沿いの要衝地に用地と施設を拡充しつつ事業拠点を築き上げてきました。
私たちは、その歴史の中で幾つかのエポックを画す試みに、時代に先駆けて取り組んできたことを自負しています。その第一は昭和20年代後半、それまでここに東京から運んでいた小口貨物を、東京の集荷センターで集荷し、そのまま艀で横浜港の船舶に運ぶという試みでした。この流通システムの革新はお客様の強いご支援をいただき、東邦港運の興隆の礎となりました。
国際化時代を迎えた昭和45年には、海上コンテナ輸送に着手し、いち早くコンテナ革命に対応。さらに、昭和58年には、冷凍庫需要を見越し、先進的な冷凍倉庫事業にも先鞭をつけてきました。そして、昭和から平成へ、湾岸環境はウォーターフロントとして新しく脚光を浴びる時代を迎えます。
平成11年、江東区辰巳に高層32階建てマンション「ベルタワー」を建設し、保有する用地の「立地」を最大限に活用する住宅不動産事業にその歩みを進めています。こうした企業活動の中で、当社は創業者の「人に篤し」という言葉を、企業理念として掲げ、様々な事業を展開してきました。この理念は、私たちの港湾事業、倉庫業、不動産、住宅事業という3つの事業を支える哲学として、これからも大切に継承してまいりたいと考えています。今後もなお一層のお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。
東京冷凍の前身である東邦港運は、半世紀以上にわたって「港」と関わり、湾岸環境の変遷とともに歩んできました。昭和24年、創業者・石井茂が横浜港で独航船を基盤とした港湾運送業を手がけたことに始まります。その後、日本経済の発展とともに、はしけ運送業、沿岸荷役事業、陸運事業、通関業、倉庫業、冷凍倉庫業、不動産業とその業態を拡げ、東京湾岸沿いの要衝地に用地と施設を拡充しつつ事業拠点を築き上げてきました。
私たちは、その歴史の中で幾つかのエポックを画す試みに、時代に先駆けて取り組んできたことを自負しています。その第一は昭和20年代後半、それまでここに東京から運んでいた小口貨物を、東京の集荷センターで集荷し、そのまま艀で横浜港の船舶に運ぶという試みでした。この流通システムの革新はお客様の強いご支援をいただき、東邦港運の興隆の礎となりました。
国際化時代を迎えた昭和45年には、海上コンテナ輸送に着手し、いち早くコンテナ革命に対応。さらに、昭和58年には、冷凍庫需要を見越し、先進的な冷凍倉庫事業にも先鞭をつけてきました。そして、昭和から平成へ、湾岸環境はウォーターフロントとして新しく脚光を浴びる時代を迎えます。
平成11年、江東区辰巳に高層32階建てマンション「ベルタワー」を建設し、保有する用地の「立地」を最大限に活用する住宅不動産事業にその歩みを進めています。こうした企業活動の中で、当社は創業者の「人に篤し」という言葉を、企業理念として掲げ、様々な事業を展開してきました。この理念は、私たちの港湾事業、倉庫業、不動産、住宅事業という3つの事業を支える哲学として、これからも大切に継承してまいりたいと考えています。今後もなお一層のお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。


